2026/08/19 20:00

こんにちは、MARIPOSAです。
当たり前のことを言うようですが、はちみつは、私たちにとって身近な食べものです。
いつでもその甘みを味わうことができます。
けれど、少し歴史をさかのぼると、はちみつは人類にとって、とても特別な甘みでした。
砂糖が今のように広く使われるより、はるか昔。
人々は、甘みを求めて、蜂の巣を見つけ、危険を冒してまで、はちみつを手に入れていました。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
人類は、なぜ蜂の巣に向かったのか
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
スペインには、約8,000年前とされる洞窟壁画に、人々が蜂の巣から蜜を採る様子が描かれています。
高い場所にある巣に近づき、ミツバチに囲まれる危険を冒しながら、蜜を集める人々の姿。
今のような養蜂道具も、防護服もありません。
それでも人々は、蜂の巣へ向かいました。
なぜそこまでして、はちみつを求めたのでしょうか。
自然界の中で、はちみつほど強く甘いものはそれほど多くありません。
甘みの強いフルーツもありますが、それは品種改良の結果で野生種はそこまで甘みが強くありません。
一方、はちみつの甘みは濃厚で、少量でも満足感があり、保存もしやすい。
人々にとって、はちみつは危険を冒してまで食べたい特別なものだったのでしょう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
砂糖より前にあった、自然の甘み
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
現代の私たちは、甘いものに囲まれています。
お菓子。
ジュース。
チョコレート。
アイスクリーム。
コンビニやスーパーに行けば、甘いものはいつでも簡単に手に入りますし、食べすぎて困ってしまうくらいです。
けれど、甘いものを自由に食べられる時代は、長い歴史の中でここ最近のことです。
私たちの祖父母が若い頃、戦時中から戦後にかけて、砂糖は自由に手に入るものではありませんでした。
砂糖は配給や統制の対象となり、戦後もしばらく、甘いものはとても貴重な存在でした。
砂糖の統制が解除されたのは、1952年のことです。
甘いものが今のように当たり前ではなかった時代、人々はサツマイモなど、身近な食材の中に甘みを見つけていました。
はちみつもまた、甘味栄養資源として重視され、戦中から戦後の甘味不足の中で、非常に貴重なものだったといいます。
約8,000年前の人々が、自然の中に甘みを求めたように。
戦中・戦後の人々もまた、限られた暮らしの中で、甘みを求めていました。
張り詰めた時代の中、甘いものは、ただの嗜好品ではなかったのだと思います。
少し気持ちをゆるめるもの。
身体に力を戻すもの。
先の見えない日々の中で、ほんの少し心を明るくしてくれるもの。
はちみつの甘みには、そういう力があったのかもしれません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
昔の人が求めた甘みを、今の暮らしへ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
昔の人にとって、はちみつは簡単に手に入るものではありませんでした。
今の私たちは、そのはちみつを、簡単に味わうことができます。
これは、とてもありがたいことです。
けれど、簡単に手に入るようになったからこそ、その一匙の背景を忘れないでいたいと思います。
ミツバチが花をめぐったこと。
森や野原に花が咲いていたこと。
養蜂家が自然と向き合っていること。
遠い土地から、丁寧に届けられていること。
私たちが簡単にはちみつを手に取ることができるのは、そうした自然やミツバチ、人々の素晴らしい営みがあってこそです。
そして、私たちがオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、スコットランド、ラトビアなど、世界各地のはちみつを味わえるということ。
その背景には、国を越えて食べものが届く流通があり、つくり手とのつながりがあり、そして何より、『平和』があります。
はちみつを選べること。
遠い国の森や花の香りを、日々の食卓で味わえること。
それは、当たり前のようでいて、決して当たり前ではない豊かさなのだと思います。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
店主からのひとこと
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
甘みを自由に選べること。
遠い国のはちみつを、日々の食卓で味わえること。
その当たり前に思えますが、実はとても大切な豊かさに、少し思いを馳せながら、今日の一匙を楽しんでいただけましたら嬉しいです。
MARIPOSA🦋

